sognamo insieme

昨日の推しに会いに行く

矢崎広と私

前記事にも述べたように、このブログでは矢崎広と舞台と時々日常を書いていこうと思っています。

とりあえずタイトル。イタリア語で「ともに夢を見よう」です。多分。。。

かの有名なマクベスの一台詞です。私は矢崎広と夢を見ている、多分。

3年ちょっとかけてこんなにも矢崎広に落ちた遍歴をただただ語る記事ですよろしく。

矢崎広を観るきっかけとなったのは戦国鍋TV。2011年3月、かの大震災が起きて日本中が落ち込んでるとき、私は戦国鍋TVと出会った。大体の人がそうであるように、「信長と蘭丸」にがっつりとはまりこんだのがきっかけ。村井良大の凄まじい演技力と鈴木拡樹の可愛らしさにやられて、そのままずるずると戦国鍋TVに引きずり込まれていった。

信蘭についてはいつかまた書きます。とりあえず長くなるので割愛。

実家に録画を頼んだり、家でたまたまテレ玉TVKが映るので、なんとか追いかけて戦国鍋TVを観まくる日々。矢崎広を認識したのは延期された関内ホールでの第1回目の戦国鍋ライブ、「ひらくん」だった。(東京DOGSもヨシヒコもごくせんも観てたけどそれも割愛)

ひらくんという子はなんだかとっても元気だけど、みんなからハブられてるの・・・?美味しいね・・・!というのが第一印象。

そして、遅れて観た健太はひらくん=矢崎広とは分からず、年末のスペシャルを観るまでどこからか連れてきたチャラ男だと思ってた。本当に一般の、昔の学校へ行こう!みたいな感じでその辺の渋谷とかで捕まえたチャラ男だと思ってた。

当時、私は村井良大を結構好きになっていて、今もそれはそれは好きなんですが、ラフォーレ原宿で行われた伝説の天正遣欧少年使節の舞台行っちゃうくらい好きだったんですね。今考えたら本当によくわからない舞台だったんだけど、なんだかとっても楽しかったから、そのノリで大江戸鍋祭に行きました。12000円出すのが厳しすぎて1回流しちゃったけど、その後も普通に8列とか選べたような・・・。今となっては考えられない。

で、PVが出るってことで、私の知っている面々はみんな揃って生類戦隊アワレンジャーで。アワレンジャー観るしかないと思ってそのまま流れで井澤勇貴しか知らなかった松の廊下走り隊7も視聴したわけです。

ここで注釈したいのが、私は当時ひらくんや健太を観ていたのに、矢崎広を全く認識できていなかったということ!はい、とっても覚えにくい顔の系統の方だったんです。ごめんね。塩顏男子が覚えられないタイプなんです。今もそうなんだけど。

そんな状況であまり興味も持てないまま観た松の廊下走り隊7。忘れもしません。6時間流してました。ニコニコ動画のリピート機能で妹と6時間聴きました。元々クレイジーなことに定評のある姉妹なんだけど、後にも先にもこんなこと、だーつーでしかしてないです←

とにかく曲調が好きで、PVもハリポタみたいでかっこよくて。今でも聴きます。大好き。ニコ動では当時矢崎さんのアップでぴろしの弾幕ができてました。ここでやっとこの人気者のセンターは誰!?ぴろしって誰!?ということで矢崎広を認識。長かった・・・。

ただ、この時は忠臣蔵の登場人物の読み方さえ曖昧なとき。歴史は下手の横好きで大学に入ってから音楽しか勉強してない私と、専門は源氏物語な妹。忠臣蔵は完璧に専門外。大江戸鍋祭当日、明治座の前で「やばい。本当に綱吉しか知らない。登場人物多すぎる。俳優さんも半分も知らない。ついていける気がしない。」と焦ってパンフを真剣に読んだ。そんな心配もなんのその。次の日どうにかして行けないか思案するほどにどハマりして帰ることになるんですが。

時代劇とコメディという相反するものが一緒くたになっていて、エンタメのパロディーもごった煮されている舞台、と言ったらいいのかな、大江戸鍋祭という舞台を簡単に言うなら。

とても楽しかった。そしてそこで、私は矢崎広の魅力を初めて知ることになるのです。

浅野内匠頭

彼はそのテンションとオーラで明治座の観客を完璧に自分のペースに巻き込んだ。

明るくて、楽しくてひたむきで一生懸命で、周りから愛される殿。思わず観客も浅野内匠頭を愛してしまう。

すごい説得力だと思った。彼のためならなんでもできる、そんな家臣たちの気持ちが観客も持てるのだから。

大江戸鍋祭は素晴らしかった。矢崎広以外の俳優もみんなとっても素晴らしくて、本当に大好きです。それもまたいつか書きます。今回は割愛で。

矢崎広という名前が完璧にインプットされた瞬間だった。

まだその時は矢崎広というより、浅野内匠頭が大好きだったんだけど。

ここから2年かけてしっかりと落とされていくのでありました。

長くなりましたので続きます〜。