東京公演5/30と6/1に行きました。
カーヴァーの小説は詩のように美しく、奥行きがある。言葉は極めてシンプルで平易だが、読み進めるうちに行間から溢れるさみしさの深さや広さに読者はすっかり飲み込まれてしまう。こんなに簡単な言葉でこんなに複雑な心情を描けるものかと感動する。どうしようもない男と女の、どうしようもないすれ違いや破綻を描いたこれらの作品群は、人生に疲れたことのある聴き手の心にそっと寄り添うだろう。
最近年に1度は難しい朗読劇に出演することになった矢崎さんの今年の朗読劇です。
学がなくて理解が乏しい私には1度では理解できず、申し訳ないのですが矢崎さんの朗読劇「菓子袋」「収集」についてのみ感想を述べたいと思います。
「菓子袋」
レス(Les)はシカゴに本社がある教科書の出版社に勤めている。彼はロス・アンジェルスで開かれた西部出版業者協会の会合に出席した折、サクラメントにいる父親に二、三時間でも会ってみようかという気になった。父親はサクラメントの空港のゲートでレスを出迎え、二人は空港のラウンジに入った。
「相手はスタンリー・プロダクツの販売員だったんだ。とびっきりの美人というわけではないが、人好きのするところがあった」 父親はレスの母親と別れたいきさつを話した。
レスはシカゴ行きの機中で、父親からもらったみやげの菓子袋をバーに忘れてしまったことに気づく。
久しぶりに再会した父親から聞かされたのは、生々しい父と女の不倫についてだった…という話。この話についてのみ、初めから理解して聞くことができていました。登場人物が少なかったからかな…。
父親の不倫について微細に語られる場面が、矢崎さんの色気ダダ漏れで最高でした。最近渋めの声を使って演技するのをよく拝見してるのですが*1、色気がすごいのでこれから渋くなっていくのが楽しみ。また、浮気相手の演じ方がめちゃくちゃソランジュで、女中たち懐古しているフォロワーさんときゃっきゃ喜びました。また女性演らないかな、、、。
カーヴァーはいくらでも深読みできるので、あまりに淡々としている「僕(レス)」の今の家庭事情とか色々と思い巡らせていました。多分、あまり奥さんとはうまくいってないんだろうなあ…とか。菓子袋を持って帰ってもきっと妻は食べない、去年だって食べなかったのに、という台詞が最後にあるのですが、なんだか言い回しが気になって、原因はレスの浮気とかではなく病気なのかな…とかぐるぐるして切なくなっていたのですが、父親が自分の浮気話を「わかるだろ!?」と揚々と語っているので、やはりレスも浮気したのか現在進行形でしている状態で、それを父親は察知しているのかもしれません。
話終わりは少しノスタルジックな、切ない気持ちになるそんな話でした。
「収集」
失業中の「僕」はソファーに横になって雨の音を聞いていた。誰かがポーチを上がりドアをノックした。オーブリー・ベルと申します、ミセス・スレーターにあるものをお持ちしたんです、懸賞に当選なすったんですよ、と男は言った。ミセス・スレーターはもうここには住んでないことを「僕」は伝えるが、結局オーブリー・ベルを家の中に入れる。
W・H・オーデン初めて中国を訪れたとき、初めから終わりまでずっと室内履きを履いていたんですよ、うおのめのせいです、とオーブリー・ベルは言った。そしてケースから電気掃除機を取り出し、コンセントをみつけ動かし始めた。
リルケは成人してからはずっと、城から城へと移り住んでおりました。後援者たちがおったんですな、と彼は機械の唸りに負けないような大声で言った。それから緑の液体が5、6オンス入った瓶を持って台所に入り、その瓶を水道の水でいっぱいにした。コーヒー飲みますか、と「僕」は尋ねた。
引っ越してきたばかりのタイミングでやってきたおじさんが部屋を片付けて帰っていく、という摩訶不思議な話でした。
これ、タイトルが「収集」なんですよね。「清掃」とかメインで掃除してた「カーペット」とかではなく、集めることにフォーカスが当てられているのが意味深で怖かったです。
結局、オーブリー・ベルは何しに来たのか…「僕」にとっては掃除してくれた良いおじさんだけど、ミセス・スレーターにとっては…?なんて考えて恐ろしくなってました。矢崎さんの演じるオーブリー・ベルはとってもチャーミングでとってもあさステだったんですけどね笑
失業中の「僕」が気にしていた手紙も気になる。採用通知?の割には今住んでるところから遠そうだなあとか。
カーヴァー の中でも特に難しいとされるお話だったようですが、矢崎さんのコミカルな演じ分けによって、とても和やかな話になっていたと思います。
人の話を長いこと聞くのが苦手な私が、なんとか2回聞いて理解したカーヴァー でしたが、他の人ならもっとすとんと入ってくるのかもしれないくらいです。思ったより平易な言葉で構成されていました。
アフトクで谷さんがざっくりお話をまとめてくれるので、とても助かりました。あわせて役者さんたちの生の声が毎回聞けたのも幸せ。矢崎さんのお父さんの話は泣いたし、仲村トオルさんの海外で起きたトラブルの話は笑いました。
ピアノの音を聞きながら、声に耳をすます贅沢な時間でした。
*1:主にボブ