sognamo insieme

昨日の推しに会いに行く

朗読劇 陰陽師〜藤、恋せば篇〜

矢崎広さんの回を観に行きました。

岡本さんの朗読劇は3種類目。といっても矢崎さんは岡本さんの朗読劇をコンプリートされてるので、一応全て観ていることになります。

しっぽのなかまたち、私の頭の中の消しゴムとはまた雰囲気の違った朗読劇。岡本さんの演出は元々かなり好きなんですが、この陰陽師が一番凝っているように感じました。

矢崎広さん、石橋直也さん、山村響さんの組合せでしか観ていないのですが、本当は演出が全然違うという陽公演も観たかったです。新馬場で当日券チャレンジに惨敗したので諦めました…。

実は小学生の頃から大好きだった陰陽師の世界に矢崎さんが入るということで、ワクワクが止まらなかったこの公演。推しの狩衣姿なんて観れるファンはそんなにいないと思い、ありがたく拝みました。

陰陽師用語に馴染みがあった割には今昔物語から始まる夢枕獏先生の作品は私の耳にはなかなか難しかったようで、2回目からしっかりと集中して観れた気がします。

玄象という琵琶が何者かに盗まれ、羅生門の上で見事な演奏を毎夜聴かせている。晴明と博雅と蟬丸で解決するため、現地に向かう道中に晴明たちは昔遭遇した不思議な事件について蟬丸に話して聞かせる…という構成。後ろに実際に雅楽が演奏されていて、障子が並んでいるシンプルな舞台セットでしたが仕掛けがたくさんあって楽しかったです。

とにもかくにも山村さんの声が陰陽師の世界観にぴったりで。深くしっとりとした声に導かれて平安の世に連れて行かれた気分になりました。

百鬼夜行の話、鮎の話、玄象の話と大きくわけて3つの話を中心に進むのですが、中盤の鮎の話の山村さんが素敵すぎてそこから後半は一気に引き込まれました。

一番声色を分けて演じなければいけない役どころだったと思います。その演じ分けが見事の一言につきました。

石橋さんの博雅は私の思っていた博雅より運動ができそうな印象で(笑)

でも素直で真面目で嘘がつけない男で、そこはイメージぴったりでした。

博雅という人は、晴明にとってどれだけ貴重な存在なんだろうと思います。晴明は全て見透かしていて、なんでも分かっている。そんな中であけっぴろげにイイヤツな博雅はかけがえのない存在なんだろうなあ、と思いました。

石橋さんと矢崎さんは舞台俳優同士で相性が良かったなあと思っています。

矢崎さんの演じる晴明は、飄々としていながらもどこか驚いたり怖がったりしているところが見受けられました。もっと表情や考えていることが見えないイメージだったのですが、少し身近に思える晴明だったように感じます。だからこそ、博雅との関係性や蜜虫が消されてしまった後の切なさがより伝わるような気がしました。

前半は特に、あまり見たことのない飄々とした矢崎さんで新鮮でした。声も落ち着いていて美しかったです。しかし後半から少しずつ熱い演技が混じっていてとても好きでした。

少し人間らしさが滲む晴明だからこそ、博雅や蜜虫のことが大切なのだなと思えたし、孤独で優しい人なのだと感じました。

今回の陰陽師では「名前」が大きなキーワードになっていました。私たちはこの世の全てのものに名前をつけている。そしてその名前に縛られている。本当にそうなのかもしれないと思います。

名前があることで他の誰かと共有できる。だけど、それが私と貴方で同じことを指しているとどうしてわかるんでしょうか?それは名前という呪に縛られているからかもしれない。そんな不思議な気持ちになりながら劇場を後にした公演でした。

初日は特に色々と起きて、DVDがどうなっているのか少しドキドキですが、呪と朱の世界をまた観れるのを楽しみに待ちます。